色、取り戻すパーティーへ。
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Posted by みづき2号店
 
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諸君、異論があるか!?あればことごとく却下だ!!
こんばんわ。

くるりを聴いてます。ただいまの曲は、赤い電車。


気が向いたので、いくつか、新書や小説を紹介したいと思います。


1.『武器としての決断思考』瀧本哲史(星海社新書・2011)
 この本は、ディベートの考え方をもと、個人としての意思決定の方法を授業形式を用いてわかりやすくまとめたものです。あることをすべきか否か悩んだときに自分独りでもその時の最善解を導き出して前に進んでいけるよういに、どうやって物事を考え行けばいいのか。その方法が書いてあります。
 『自分の人生は自分で決めるという、困難ではあるけれど自由な生き方』、そんな生き方を望むのであれば、どんな立場にある人にも絶対に必要な教養(リベラルアーツ)だと思います。
 1日で読めるので、時間があるときにでも是非一読して欲しい一冊です。


2.『四畳半神話大系』森見登美彦(角川文庫・2008)
 京都市を舞台に、京都大学3回生の男子学生こと「私」が、1回生時に選んだサークルによって自らの大学生活をいかに変えていったか、その可能性を描く一人称小説。この「私」は頭でっかちで本当にどうしようもないのですが、共感できるところも多く、愛着の湧く存在でもあります。
 読み終わった後にやる気がでる一冊。うじうじしている人に読んで貰いたい一冊です。


3.『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦(角川文庫・2008)
 これまた京都市を舞台にした物語。後輩である少女に恋をしている「私」は、彼女という城の外堀を埋めるべく日々彼女を追い掛け、なるべくその目に留まろうとしている。しかしその彼女はなかなか「私」の想いに気づいてくれない。2人は奇妙な人物に出会い、奇抜な事件に巻き込まれてしまう。
 愚にも付かない恋愛小説です。が、なかなかどうして面白いです。暇つぶしにどうぞ。ちなみに最後の頁の「解説」は羽海野チカが書いてます。



あと、数冊紹介したかったのですが、また、今度にしておきます。

好きなものは相変わらず好きです。たぶんずっと好きです。



ただいまの曲は、ばらの花。


花といえば、桜の花の写真、現像しなきゃだ。


ではでは。







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迷子猫と雨のビート
とってってってって


久しぶりの更新である。


はてさて、今日は何の日か。

最近の出来事でいうと、福島第一原発3号機が爆発した日だろうか。

しかし、私が求めている答えはそうではない。

むやみに引き延ばしても悪いので、ごく一般的に、有り体に、包み隠さず言ってしまうと、実はというかバレバレというか、今日は私の25歳の誕生日なのである。

毎年のことであるが、誕生日の祝辞を頂くにつけて、感謝感激の極みである。

ありがとう。


25歳ということは、すなわち、今日で私は四半世紀を生きたことになる。

この25年を振り返ってみると、我ながらにちっぽけな大事件を数々と起こしつつも、家族や友人や恋人に助けられ支えられながら、それなりに自力を信じてここまで生きてきたように思われる。

やり直しを求められても、私が私である限り、おそらく何回繰り返しても似たり寄ったりな結果になったことだろう。逢うべき人には逢っていただろうし、悔やむべきことも悔やんでいただろう。

責任者を問いただす必要はあるのか。

責任者は私である。

責任者を問いただす必要はない。

なぜなら、私は充分満ち足りているからである。



はてさて、今日は新しい四半世紀の初日である。

そして、25歳の1年間の初日でもある。

心あらたに、精一杯、私はまた生きることにしたい。

問いただされることのないように。


とってってってって

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明ける前に。
まだ明けてませんが、一足早く新年明けましておめでとうございます。

2011年はお世話になりました。これからもよろしくお願いします。

2011年は大学院3年生として勉強に勤しみ、傍らでよく遊んだ、そんな年でした。

いろいろと悩んだことも多かったですが、なんとかここまでやって来られました。

2012年は前半は試験で忙しく、後半はどんな結果であろうとも忙しい、そんな年になるのでしょうか。

一段落ついたら旅行に行きたいです。


この先、何がどうなろうとも、前を向いて自分らしい芯の通った生き方をしていきたい。

そんな思いを胸に秘めつつ、新年も頑張っていきたいです。


では、みなさん良いお年を。
Posted by みづき2号店
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彼は工学部で電気電子工学科に所属するにもかかわらず、電気も電子も工学も嫌いである。
部屋の掃除が一段落ついてベットの上で休んでいると、今回の帰省で母に言われた一言が思い出された。それは祖母の入院している日赤病院へ車で向かう途中でのことである。
「俺は小学生の頃に戻れたらもっと違う人生を歩んでみたいよ。バイオリンとか油絵とかずっと続けていれば良かったなあ。」
自分は何の気なしに言った。すると母は言った。
「戻ったって同じでしょ。違う人生なんて歩めないと思うわ。」
このときはまあ母の言うことも一理あるかなと聞き流していたのであるが、今になってふと思い出されたのである。それは掃除している最中に整理していた本棚から出てきた小説を読み返し物思いに耽っていたからかもしれない。

その主人公はある人に対して悩みを吐露する。
「もっと有意義に暮らしていたに違いないんです。勉学に励んで、黒髪の乙女と付き合って、一点の曇りもない学生生活を思うさま満喫していたんです。そうだ。そうに決まってるぞ。…僕がいかに学生生活を無駄にしてきたか、気づいたのです。自分の可能性というものをもっとちゃんと考えるべきだった。」
ある人は答える。
「可能性という言葉を無限定に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々がもつ可能性ではなく、我々がもつ不可能性である」
「君はバニーガールになれるか?パイロットになれるか?大工になれるか?七つの海を股にかける海賊になれるか?ルーブル美術館の所蔵品を狙う世紀の大怪盗になれるか?スーパーコンピューターの開発者になれるか?」
「我々の大方の苦悩は、あり得べき人生を夢想することから始まる。自分の可能性という当てにならないものに望みを託すことが諸悪の根源だ。今ここにある君以外、ほかの何者にもなれない自分を認めなくてはいけない。君がいわゆる薔薇色の学生生活を満喫できるわけがない。私が保証するからどっしりかまえておれ」

『今ここにある君以外、ほかの何者にもなれない』とは随分残酷なことのように思われるけれども、他方でそれに納得しさえすればそれはとても心強い言葉である。そのように考えると腰を据えて人生を過ごすことができるようにも感じられる。在りもしない薔薇色のキャンパスライフという人生の意義を求めて彷徨う主人公のような腰の据わっていない秀才よりも、腰の据わっている阿呆のほうが、結局は人生を有意義に過ごすのかもしれない(何事にも例外はあるが)。
そんなことをひとしきり考えていた。

ところで、今日は高校時代の友人と久しぶりに会う約束がある。どうやら彼の恋愛相談のようだ。恋愛からとうに疎くなり、精神的無頼漢に成り下がっていると言っても過言ではない自分が役に立てる気は全くしないが、わざわざ久しぶりに会ってまでしたいというのであるから無下に断るわけにもいかない。また、自分としも旧友との再会は楽しみなのである。
これも薔薇色のキャンパスライフの一つなのかもしれない。
Posted by みづき2号店
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Green Tea Farm
テストが終ってからというもの、随分と長い間ゆったり休んでしまった。ぐっすり寝て、美味しい料理を沢山作って食べ、好きな小説や新聞を徒然読んだり、家族と戦争や今回の大震災について語ったり、お墓参りへ行ったりとそれは誰もが羨むであろう純金製の充実した日々だった。

ああ名残惜しい。

しかし、下宿に帰ってきてしまった以上は、袂を締めて一所懸命にやるしかないだろう。

Green Tea Farm


おやすみなさい。
Posted by みづき2号店
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